ついに暗殺を

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改革手段の一つとして容認する論客が登場した。僕の読みどおりの推移だ。かなり知的レベルは高い方だが、自身では管理監督できる範囲を超えたらどうするつもりか。もちろん本人としては社会的抹殺、事実上の抹殺も覚悟はしての発言には違いないが。

より高度で困難な社会学的改革を目指しどこまでも無血な変革を追求すべきだ。自身の凡庸な尺度で判断して世を諦めず、奇跡を起こせる存在を知るべきだ。

何よりマスコミ陣の一人として、他者を死に至らしめる発言により世に波紋を落としたならば、自ら責務として命を絶つべきだ。自らも暗殺できぬ人間が他人に暗殺を呼びかける神経が私には本当にわからない。

私は何度か死を覚悟した闘いの場に身を置いた経験がある。誰しもそれくらい真剣に生きる場面はあるよね? 彼はどれ程真剣なのか。死闘を演じた経験、葬られる者の哀しみを少しでも想像できるのだろうか?
時間ができ次第直接質問に行こうと思っている。
2012年10月18日 16:4472 ( missing poster )
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